2008/09/08

打ち上げの席の愚問の話

打ち上げに参加することが多いことはわざわざ言うことでもないが、最近はめっきり機会も減った。

自分のライブに関係ない打ち上げにも参加していた頃は打ち上げ貧乏だったくらいだ。しかも決まってお馴染みの安くて遅くまで開いているお店に行くので食べるものもほぼ同じ。打ち上げに参加して帰れば、いつだって帰るのは夜明け。九州だろうが、東京だろうが、車で廻っていた頃なんてお酒 が飲めない私は、打ち上げ後は運転手というお役目まで頂戴し朝のドライブの気持ち良さを感じたものだ。遅くまで居座ってしまうのはミュージシャン同士の交流に会話が弾んだ証である。



楽しい反面、「気をつけよう打ち上げ」と掲げるテーマがある。

まずは、次の日声が枯れて大事な喉を痛めてしまうので大声で話さない。それは隣に座る方のタバコの煙も同じ。何度も経験しているので、不注意で声が出なくなったときの悔しさは例えようもない。

そして、飲めないお酒を進められたときに、どうやって断るのか。

以前、人にお酒をすすめるのが好きな酔っ払い男子が登場したときだ。だれかれ構わずお酒を注ぎ、無理やり飲ませるので、気付かれないように逃げていたら、見つかって無理やり一気飲みを強要された。本当に困っていたら、とあるミュージシャンが、「女の子に一気のみさせたらいけん。」と私の代わりにお酒を飲んでくれたのだ。さすがにその困ったちゃんもその凄みにおののいて、別の席に移動してくれたというなんとも感動的なエピソードもあるが、なかなかお酒好きの人にはお酒が飲めない人の気持ちを理解してもらえない。どうしても断れないときはグラスにだけ注いでもらって、飲めない新郎と同じようにそのお酒は誰の胃袋にも入らない運命を遂げるのだが、なるべくお酒の進む席には座らず、すぐに移動できるポジションを探して座ることにしている。



そして、打ち上げでよく聴かれる質問。好きなミュージシャン、影響を受けたミュージシャンは誰ですか?正直言って、この質問は私にとって愚問である。

好きなミュージシャンは数知れず。流動するので特定に絞れない。ミュージシャンに限らず、ジャンルも絞れない。私は音楽を聴くときには純粋なリスナーとなるので、その純粋な気持ちはその音楽に向けられたものである。私が感じたことは私の中で消化してしまうので、そこで終わり。そこから私の表現欲求は芽生えないのだ。

もちろん、自分で気付かないところで影響されている部分があるのは自分でも感じる。けれど、意識して好きなミュージシャンに近づきたい、影響を受けた音楽を目指したいという気持ちはまったくない。好きなミュージシャンや影響を受けたミュージシャンを聴いて、私の音楽の背景にあるものを探ってもダメよ。と言いたい。若い頃はこの質問をされるのが本当に嫌で、ずいぶん意地悪な返答をしていたらしいが、最近は丸くなったので、ちゃんとこういう理由だからと説明できるようになった。実際、自分の好きなミュージシャンを公言することで、私の音楽を知ってもらうきっかけになることも覚えた。分かってます。これは別に愚問でもなんでもない。私の勝手な斜め目線なんだってね。会話を始めるきっかけなんだってね。



いやいや、そんなに気負うことないじゃない。お疲れ様でしたって食べて飲む憩いの場なんだから。