2005/02/14

情報の雨

最近、近所に大型書店が開店した。かなりの敷地で品揃えも豊富。普通の大型書店では扱わないだろうコアな書物なども手にすることができる。本が好きな私としてはこのうえない喜びで、割と頻繁に利用している。私は情報収集が好きだったりする。新聞やネットでニュースを読むことが多いし、本や雑誌を読むことだって一種の情報だ。便利なものにもすぐに飛びつく面倒くさがりなので、雑誌の年間購読をしてみたり、通販などの利用も過多で、これも情報から得るものだ。街を歩けば看板なども気にしたりしなかったり。
情報は宇宙のように際限のないものだなとついさっきふと思ったのである。



情報には良質なものと、悪質なものの2種類がある。
良質な情報の利便性は言うまでもないが、悪質な情報には日々振り回されているように思う。毒牙を持った情報は私を(わたしたちを)ひどく醜いものに変えていくような感じがする。情報とは鬼の仮面のようだ。
情報の雨をたくさん浴びていると自分の中の情報がどんどんどん流れていって体に蓄積されたものさえ残らないのではないか?と時々不安に思ってしまうこともある。情報過多の今の時代に情報と自分との距離をどうやって測るかということを実は凄く気にして生きているように思う。
情報と自分との距離。



人として生きていく理想みたいなものがあり、
それに近づきたいと思い頑張っている自分と、好奇心のようなものに突き動かされ、情報の雨を浴びる姿。
情報の雨が降っている。私は傘をさし、流れ落ちる情報を見る。手を伸ばせば情報の雨に触れることもでき、足元には情報のみずたまりができる。光って美しかったりする。もっと増して川になり、海に流れる。透き通った情報がゆれ。にごった情報も交わる。私はその海を眺める。



私は裸で情報の雨を浴びないように服を着る。