2004/08/23

祈りと叫び

先日熊本の繁華街のとある寺院にて薩摩琵琶の弾き語りを見に行った。
後藤幸浩さんといって、薩摩琵琶の伝統を受け継ぎながら独自の視点で演奏活動をされている方で、何枚も音源を発表されている。
数年前、日本伝統の文化にものすごく興味があった時期があったのだがそのきっかけになったのも後藤さんの音源を聞いてからだ。
たまたまツアー中の車内でラジオをつけていたら、後藤さんの演奏会のお知らせが聞こえてきてすごく琵琶を聴きたくなったのだ。
お寺の中はとても広く、また、独特の匂いがした。琵琶の低音と、激しく弦を弾く音、そして後藤さんの真っすぐな声がグオーンと響く。私は閑吟集からの感じがっても好きだった。中には昔話を愉快に語る場面もあり、色んな角度から琵琶を楽しめて大変満足であった。

高校がクリスチャン系の学校だったので教会の雰囲気には親しみがある。入学式の時にパイプオルガンの音で入場したときの不思議な感覚は今も胸に焼き付いている。久々に教会に行く機会も何度かあり、改めて感じた寺院と教会の共通点と対比点がとても面白かった。それは祈りをささげる場だということ。どちらにも宗教的な背景があるわけだからそれは当然なわけで、人が心を洗う場であり、心のベールを脱ぐ場であるということだ。だが教会には独特のにおいがなく、寺院には独特のにおいがある。これが共通点と対比点だ。

ムンクの「叫び」他がオスロのムンク美術館から強奪されたらしいが、ムンクの作品には「祈り」という行為の裏側を感じる。だから私はムンクが好きなのかもしれない。