2004/01/05

2004年の始まりに便乗して

あけましておめでとうございます。
先祖に挨拶をして年の順からお屠蘇を飲む、典型的な日本のお正月で2004年が始まった。
今年1年しっかり生きていこうと意向を自らに示し、きっと良い1年になるだろうと大きな流れに身を任せて明日に臨みたいと思っている。

先日のラジオの収録で「今年の抱負」というテーマについて三人で談義を繰り広げたことがある。会話の中で気になって仕方なかったことなのだが、「抱負」という文字をずーっとみていると、こんな疑問が産まれてきた。
言葉の意味そのものが持つニュアンスは前向きな意味合いなのに、何故「負を抱える」と書くのだろう?我が家の角川新国語辞典で調べてみた。

抱負-(自身を持って)心の中にいだいている考え、計画。

なるほど、心の中にいだくというその行為が前向きなニュアンスを感じるから抱負という言葉の意味には前向きなニュアンスを感じるわけだ。だったら別に「考抱」とか「計抱」でも良かったはずなのに、どうして「負」なのだろうか?考えや計画に負けるなというメッセージが込められているのだろうか?
ひらがなはどうなのだろう?私はこう考える。ひらがなの起源はため息にあるのではないかと思う。
例えば「う」
これは人間が胃を押さえ込んでため息をつくニュアンスで表現してあるのではないか?
このカーブの感じなんかはまさに胃を押さえているような佇まい。
「あ」
納得の「あ」である。お習字の時に最後はびゅんと跳ねなさいと先生に教えられたその跳ねる様。
納得して発する声の感じから「あ」がこの文字の形になったのである。
では「ぼ」
「ほ」には体を伸ばしてリラックスする趣が感じられる。そのリラックスした様に上の方にアイデアが浮かんで「ぽ」きっと「ぽ」の方が先に生まれて、「ぼ」はその上の○から力が抜けて物足りないままのてんてんになったのである。


かなり道を脱してしまったが、
「詩のボクシング」という番組がある。
リングにたち赤と青の朗読する詩のどちらが勝っているかを競う番組なのだが、
2回目の谷川俊太郎氏とねじめ正一氏のわざとわざの成すぶつかり合いもすごく面白かったが、
4回目の一般公募戦も非常に面白かった。
世の中の全ての人は詩人だ。
私もあなたも、こっちのあなたも、3階のあなたも。
今年はとにかく書いて書いて。

今年もよろしくお願い申し上げます。