2004/11/27

心の奥に潜めて

こんなことを考えた。

深緑の木々が高く深く生い茂り、透き通った朝露の雫が葉っぱの間からポトリと落ちています。穏やかなみずうみの畔に2羽の白鳥がたたずんでいます。

若くて透けるほど真っ白な白鳥は言いました。
「昨日森の中でカラスを見たわ。なんて素敵な黒い羽なんだろう。私には真っ白の羽しかないわ。お母さん、私はカラスにのようになりたいの。私は真っ白の体を持った白鳥だけどカラスは真っ黒で強くて勇ましいわ。だからこの白い羽の一部を海で黒くして勇ましくなりたいの。」

物静かで体は純白に光っているようにも見えるおかあさん白鳥は言いました。
「白鳥には白鳥の良さがあるのよ。勇ましさは黒い姿だから美しく映えるのではなくて、カラスは勇ましい心を持っているのよ。黒い羽を持つ鳥としてカラスは生命を授かったの。カラスの運命を誇りに思いずっと美しい黒のままであり続けるために、その思いを心の奥に潜めて勇ましく生きているのよ。決して白い羽を欲しがったりしない。白鳥にはこんなに素敵な英知に満ちた白い羽があるのよ。自分のを磨きたいという心がけは立派なことよ。でも立派な白鳥になりたかったらもっと白くなれるように努力しなさい。そうすれば世界中の鳥たちのなかで一番美しい立派な鳥になれるのよ。」

「でも、新しい白鳥が生まれてもいいと思うの。白い羽と黒い羽のふたつを持った新しい白鳥よ。そしたらうんと目立つでしょ。世界で一番になれるわ。」

「自分にないものを欲しがっても一番になれないわ。新しい鳥というのは最初からそういう運命を背負って生まれるものよ。ないものねだりは汚いわ。あなたは自分の白い羽に自信がないのよ。だから黒い羽を得たいだけよ。白鳥が黒い羽を持ったら白鳥ではなくなるわ。ないものを補うではなく自分の範囲の中で新しさをみつけて立派な白鳥になるのよ。そうすることで、白鳥もカラスもお互いを照らしながら美しく生きていけるのよ。ないものねだりは汚いわ。」

2004/11/24

高速道路につかまれ映画!

映画を見る機会が近頃度々あった。
私は私用で高速バスに乗る事が多いのだが、車に全く酔わない体質なので車内では絶好の映画鑑賞(サービスでビデオの放映がついている)タイムとなる。割と東宝ものばかりが中心に放映されるのだがたまに違うものもあったりして実はこっそりと楽しみにしているのである。歌詞の内容から想像されるのでしょうか、「映画とか好きですか?」と声をかけられるが、実は人並み以下であまり映画は見ていないのだ。最新映画を映画館に見に行ったのは小学校の時の「もっとあぶない刑事」と中学の時の「紅の豚」くらいかも? しかも私の部屋にはテレビがなく、近くにレンタルできるお店もなく、たまに趣味で買った映画のDVDをパソコンで見るくらいにしか映画には触れておらず、2000円でどっちにするかと聞かれると映画館に行くよりはライブにお金を使いたいタイプの人間である。いやいや、興味がないわけではなく、お金と時間に支配されているという単純な理由だったりもする。そんな私だからこの映画鑑賞タイムはプレゼントのような、宝くじに当たったような(まあはずれも多いけど)ものなのだ。ルパン三世はほぼ全部見たし、私の好きな浅田次郎の超代表作「鉄道員」もみたし、金城武の「リターナー」(最後の飛行機が宇宙船に化けるところはおもわず声が出そうになった。)他にも色々見たけどもうさすがに覚えておらず、バスってふしぎな乗り物で、丁度高速道路を走り出して少したったくらいからなんだか異常に眠くなってくる。特に眠くないときでも眠くなるので気付いたら寝ちゃってたりするのでもったいないこともあるが、高速バス万歳だ。最近では静かで人間的な描写と映像の切り口が面白かった「ワンダフルライフ」がすごく印象に残る映画であった。一番好きな映画は何度も言うが「BULLITT」で、「マグノリア」や「エルトポ」は衝撃的だった。よく考えてみると、印象に強く残っている映画ってたくさんある。「フレンチコネクション」ゲンズブールの「ジュテーム」「バクダットカフェ」黒澤明の「夢」「ブエナビスタソシアルクラブ」などなど。記憶力に乏しいのであとからまた色々と思い出すのだろうけど、映画ってさまざまな感情が生まれてくるので本当に面白い。どこから私の音楽が生まれるか分からないし、こうやって日々色んなところに目を向けていたいものだ。ちょっとした機会あって先週劇場で「コラテラル」をみた。「ラストサムライ」のごとく肩に力の入る映像だったが、王道でそれなりに楽しめた。でも高速バスで放映されるのを待っても良かったなー。なんて。みなさんはどんな映画が好きですか?

2004/10/27

ミュージアム

先日、熊本現代美術館でcoet cocoehのライブを行った。美術館のほうから依頼がありお受けしたライブだったのだが、非常に楽しませてもらった。普段より、色んな土地の美術館に頻繁に足を運ぶ方だが、ここの美術館は割と頻度が高い。入り口からすぐ見える真四角の開放的な図書ルームがある。壁に巨大な本棚が設置されており、かなりコアな美術書から手塚治虫の漫画まで幅広く置いてある。棚には建築的な設計のアイデアが見え隠れしており、棚の中に入って本が読めるようなスペースや、立体的な照明などが施されている。居心地も良い。だからこの図書ルームには老若男女問わずファンが多いのだそうだ。そんな図書ルームにひっそりと茶色のグランドピアノが存在しているのだ。ココエのステージはその図書ルームなのである。まさか美術館のしかも美術書たちに囲まれてライブをするなんて思ってもいないことだったので、凄く楽しみにしていた。
当日は毎週行われている無料のイベントということもあり、常日頃美術館に足を運んでいるだろう人がほとんどであったと思う。息を飲んで聞き入ってくれている空気が私にも伝わった。大きな拍手も返ってくる。四方に広がる書物の絵に、私は気持ちが高揚する。後で聞いた話だが、最前列で小学生が真剣な眼差しでリズムを取りながら聴いていたそうだ。楽しかった。約30分のライブだったが、反響もあった。
そういえば、機会がどうしても持てずまだ行けないでいるが、オノヨーコ展が日本を廻っているそうである。4月、東京でぶらりたびの合間で行けたら!と思っていたが時間が合わず、つい先日まで霧島の美術館で開催されていたが、もう残すところ滋賀県に行くしかなさそうだ。どうしてもみたいみたいみたい。
みたいみたいみたいみたーーい。

オノヨーコ展に行った方、是非感想を!!
あ、でも私が行くまで待って。

今週末はルーブル美術館の王道ものを見に行く予定なので、また楽しみが増すばかりである。

2004/09/01

鮮やかな赤

多くのミュージシャンのテキストのように、ライブのほとんどに私達は全国を車で移動している。私なんて自分の身長くらいの楽器を運ぶのだから、車に「様」をたくさんつけたいくらいお世話になっている。いろんな危険性も隣り合わせだが、時間はかかったとしても車で移動することの利点はとにかく大きいのである。最近の基本は池田氏かマネージャーが運転しているが、りん氏はもちろん私もハンドルを握る。普段車を運転することがあまりなく、基本的に運転に自信がないので、運転はすっかりまかせっきりで後部座席に座ることが多く、本を読んでいるか、できるだけ睡眠を取る様にしている。自分の体をライブの時間帯に合わせコントロールしていくことを常に心がけているので、本当は毎日決まった時間に寝て、決まった時間に起き声の調子を整えておきたいところだが、遠出の時など夜中早朝に出発することもあるので、車内での睡眠時間はとても大事なものだ。私にとって声に最も良くないことは打ち上げの席の周りのタバコの煙と、大声で話したり「ガハハ」とのどを使って笑うこと、そして睡眠時間を削ることである。だからできるだけ打ち上げに参加したときは端っこに座るようにしているし失礼することもある、ライブの前日は最低でも7時間は寝るようにしている。
そんな中、車内で流れていく景色にはいつも心を奪われている。何度も通った土地でも助手席に乗っているときと後部座席に乗っているときでは見える景色があきらかに違うので興味深い。見知らぬ土地を走っているとどこに向かっているのか目的さえも遠のいてその土地の色彩や佇まいにだんだん身を投じていく。ここは熊本に似ているなーとか、この道の構図は面白いなーとか、変な歩道橋があるなーとか、この車種の車が多いなーとかいろいろある。9月、秋の足音が聞こえてきて稲穂の一面緑の揺れる隙間に彼岸花の目の覚めるほど鮮やかな赤色が目立っていた。


岡山から帰宅途中、熊本に着いてあともう少しで皆家までたどり着くという頃、ちょうど朝のラッシュの時間帯ということでやたらと車が混んでいた。私は運転していてふと前にたくさんの警察の方が並んでいるのが見えた。なんだろう?と思っていたら前の車はそのまま進んでいるのに私を警察が手招きで呼んでいる。「え?何?シートベルトはしているし何も違反した覚えはないし何だ????」とすごく不信を抱きながら車を路肩に寄せる。ずらりと並んだ警察の方に混ざって交通安全の襷をかけた女性が数人、「運転お疲れ様です。」コーヒー2本とガム、そして手作りの交通安全のお守りをいただいた。ちょうど秋の交通安全期間ということで、交通安全のキャンペーン中だったのである。ため息も同時にものすごく驚いたが、長距離運転の後だったこともありなんだかとても嬉しかった。
皆さん、安全運転に心がけましょう。

2004/08/23

祈りと叫び

先日熊本の繁華街のとある寺院にて薩摩琵琶の弾き語りを見に行った。
後藤幸浩さんといって、薩摩琵琶の伝統を受け継ぎながら独自の視点で演奏活動をされている方で、何枚も音源を発表されている。
数年前、日本伝統の文化にものすごく興味があった時期があったのだがそのきっかけになったのも後藤さんの音源を聞いてからだ。
たまたまツアー中の車内でラジオをつけていたら、後藤さんの演奏会のお知らせが聞こえてきてすごく琵琶を聴きたくなったのだ。
お寺の中はとても広く、また、独特の匂いがした。琵琶の低音と、激しく弦を弾く音、そして後藤さんの真っすぐな声がグオーンと響く。私は閑吟集からの感じがっても好きだった。中には昔話を愉快に語る場面もあり、色んな角度から琵琶を楽しめて大変満足であった。

高校がクリスチャン系の学校だったので教会の雰囲気には親しみがある。入学式の時にパイプオルガンの音で入場したときの不思議な感覚は今も胸に焼き付いている。久々に教会に行く機会も何度かあり、改めて感じた寺院と教会の共通点と対比点がとても面白かった。それは祈りをささげる場だということ。どちらにも宗教的な背景があるわけだからそれは当然なわけで、人が心を洗う場であり、心のベールを脱ぐ場であるということだ。だが教会には独特のにおいがなく、寺院には独特のにおいがある。これが共通点と対比点だ。

ムンクの「叫び」他がオスロのムンク美術館から強奪されたらしいが、ムンクの作品には「祈り」という行為の裏側を感じる。だから私はムンクが好きなのかもしれない。

2004/07/17

本と触れる生活

音楽を聴くのがとても楽しい。最近は家でゆっくり聴くことが多いので、体にぶつかってくるようなリズムのものではなく、エレクトロ系の変則リズムっぽいものや、ピアノもののJAZZ、それから、50年代の女性ゴスペルシンガーのものをよく聴いている。日々聴きたいものは違うので、またいろんなものをきっと聴くのだけど、音楽というものを意識するというより、音楽が生活に常設しているというか、生活の一部というか、生活の音そのものが音楽というか、日々の暮らしに耳を傾けることが音楽だというか、音楽というジャンルにさえもこだわらないところで生きていきたいなと思う初夏の今日である。


先日、マネージャーが、上海のお土産にメンバーに1枚ずつCDを買ってきてくれた。レニークラビッツと、プリンスとジョージハリソン。皆で選んでというので好きなものをそれぞれ選ぶことにした。池田氏はジョージは持っているそうで、私がGeorge Harrison BRAINWASHEDを頂いた。喬冶・哈裏森「洗脳」(←中国語表記だとこれ)を頂いた。りん氏はプリンス、池田氏はレニークラビッツを選択した。
ジョージの遺作となるアルバムで、日本版と違い、ビートルズ時代のジョージの曲などもボーナストラックとして入っている全20曲入りアルバムだ。ジャケットをぼーっと眺め、盤を眺め、いつものようにプレイヤーにCDを入れる。すでにジョージを聞く体勢に入っているので、全身が耳になっている。再生。歪んだギターの音が聞こえてくる。ん?元気いいぞ?今までのジョージとは違いすぎる。ちょっと待って?歌詞カードと違う。これって英語?自問自答を繰り返す。飛ばして2曲目もまずは聴いてみる。
「中国語?!?!?!」
ジャケットもCDの盤面もジョージハリソンとちゃんと書いてあるのに、肝心のジョージの遺作が、中身が中国のミュージシャン(しかも誰だかわからない)の音楽だなんて!!!!メロコアというか、ハードロックというか、オムニバスなのかも?全15曲。曲数までもちろん違う。いや~まいった。面白い。
ということはもしかしてメンバーも中身が違うのか?次のスタジオで聞いてみる。紙のジャケットが頑丈に貼り付けてあって、破くのが大変だったそうだが、中身は正解だったらしい。なんか凄いね。あーみんなに見せたい!聴かせたい!
こんなドラマだってあるんだから音楽ってすばらしいのですね。

2004/06/21

音楽を聴く

音楽を聴くのがとても楽しい。最近は家でゆっくり聴くことが多いので、体にぶつかってくるようなリズムのものではなく、エレクトロ系の変則リズムっぽいものや、ピアノもののJAZZ、それから、50年代の女性ゴスペルシンガーのものをよく聴いている。日々聴きたいものは違うので、またいろんなものをきっと聴くのだけど、音楽というものを意識するというより、音楽が生活に常設しているというか、生活の一部というか、生活の音そのものが音楽というか、日々の暮らしに耳を傾けることが音楽だというか、音楽というジャンルにさえもこだわらないところで生きていきたいなと思う初夏の今日である。


先日、マネージャーが、上海のお土産にメンバーに1枚ずつCDを買ってきてくれた。レニークラビッツと、プリンスとジョージハリソン。皆で選んでというので好きなものをそれぞれ選ぶことにした。池田氏はジョージは持っているそうで、私がGeorge Harrison BRAINWASHEDを頂いた。喬冶・哈裏森「洗脳」(←中国語表記だとこれ)を頂いた。りん氏はプリンス、池田氏はレニークラビッツを選択した。
ジョージの遺作となるアルバムで、日本版と違い、ビートルズ時代のジョージの曲などもボーナストラックとして入っている全20曲入りアルバムだ。ジャケットをぼーっと眺め、盤を眺め、いつものようにプレイヤーにCDを入れる。すでにジョージを聞く体勢に入っているので、全身が耳になっている。再生。歪んだギターの音が聞こえてくる。ん?元気いいぞ?今までのジョージとは違いすぎる。ちょっと待って?歌詞カードと違う。これって英語?自問自答を繰り返す。飛ばして2曲目もまずは聴いてみる。
「中国語?!?!?!」
ジャケットもCDの盤面もジョージハリソンとちゃんと書いてあるのに、肝心のジョージの遺作が、中身が中国のミュージシャン(しかも誰だかわからない)の音楽だなんて!!!!メロコアというか、ハードロックというか、オムニバスなのかも?全15曲。曲数までもちろん違う。いや~まいった。面白い。
ということはもしかしてメンバーも中身が違うのか?次のスタジオで聞いてみる。紙のジャケットが頑丈に貼り付けてあって、破くのが大変だったそうだが、中身は正解だったらしい。なんか凄いね。あーみんなに見せたい!聴かせたい!
こんなドラマだってあるんだから音楽ってすばらしいのですね。

2004/06/20

憧れを磨く

憧れのMANOLO BLAHNIKの靴を先月とうとう買ってしまった。
その日の晩は抱いて一緒に寝るくらい憧れていた靴だ。うれしさに磨きがかかる。emma cookというUKのデザイナーの服がすごく好きで、何着か持っているのだが、マノロへの憧れはエマを着ることで更に増すのである。
基本的に重たい自分の楽器を運ぶときに、高いヒールの靴やサンダルでは転んでしまうので(実際楽器を運んでいて階段から落ちたこともある)普段はあまり高いヒールものは着用しないようにしているのだが、やっぱり女性ですもの、いい靴に憧れるし、いい靴を履いて素敵な時間を過ごしたいのである。乙女チック万歳。
憧れの靴を手にするきっかけは、20代も後半に突入した心境の中に少しずつ憧れを実現する余裕がやっと生まれてきたことのように思う。表現もそうだ、最近は私の中にあるものに素直であるということを超えて、もっと大きな視野で物事を捉えている。
過去を振り返る必要はないと思っているので、10代に戻りたいと思ったことは1度もないが、20代って本当に楽しい。30代はもっともっと楽しいだろうなあ。私の周りには美しく年齢を重ねている人が多いので、私は若さへの執着は特にない。おませちゃんだった小さい私は早く大人になりたかったものだ。

そういえば、小さい私にはなりたいものがたくさんあった。
一番なりたかったものは花火師、憧れは医者、そして刑事である。
文集などの将来のゆめには、ひっそりと自分の心にしまいこんでおきたかったからなのか、ただひねくれていただけなのか、本当になりたいものは書いていなかったようだ。本当に刑事に憧れていた。
その理由はたったひとつ。あぶない刑事が大好きだからなのだ。テレビの見すぎである。単純だ。私の刑事もの好きについてはご存知の方も多いのではないでしょうか。好きすぎて限定もののテレビ版DVD2本とも買ってしまった。このDVDには絶対再放送されないものも収録されているので、これで毎日でもあぶない刑事が見れるではないか!!!キャー。古本屋でみつけた青い表紙の「刑事アクション!」という本を読んで・・・・と続きを書こうと思ったけれど、長くなりそうなので、また今度。
刑事もの好きにも磨きがかかる。
憧れはフランスとNY
憧れはロシアアバンギャルド
憧れは心の中

2004/04/12

PLUGGED PARTY後記

PLUGGEDファッションナイトパーティーにお越しくださった皆様、
ありがとうございました。
今回も楽しかったなぁ。
会場は溢れるくらいの人・人・人。満員。
ファッションも音楽も楽しみたくて集まってる。
その姿を見るのが何よりとても嬉しかったのです。


PLUGGEDチームのみなさま、関係者の皆様、
DJ、VJのみなさま、お疲れ様でした。
今回もお誘いいただいたこと、光栄に思っています。
本当にありがとうございました!


PLUGGEDの模様はプラグドのサイトでアップされてますので、
ぜひ、ごらんくださーい。
http://pluggedsnap.com/



肝心の私のDJは、ご想像通りのあいかわらず失笑レベルですが、
今回はほとんど4つ打ちミュージックはかけずにインディーロックを中心の選曲で
臨ませていただきました。
そして、実はもうすぐ発売のmiu mauの新曲もかけたんだけど、
何気に反応も良くて嬉しかったです!
ぜひ、miu mauの新譜もお楽しみに!!!






というわけで、
来週は徳島だー。





CC

2004/04/02

開かれた場

ガガーリンとシガキマサキのレコ初イベントに行ってきた。まず、会場に入って驚いたのが、たっぷりの動員。そう、本当に身動きするのが大変なくらいの感じ。
そして、何よりとても開かれた場だったということがとてもすばらしかった。熊本の良きミュージシャンが集結し、音楽という表現を通して、人々が同じ時間を共有する。人々はその開かれた場で心や体を開放する。おまけに演出もレコ発でしか味わえない嗜好が所かしこに存在していて素直に楽しめるイベントだった。すっかり関心してしまった。

そして、数日前、SET YOU FREEに参加した。
銀杏BOYZ、サンボマスター、メガマサヒデツアーに鹿児島、宮崎編での参加となり今回で2度目である。
いろんな表現方法があるということを改めて認識した2日間だったように思う。これからを担う若年層はこの開かれた場で何をみつけたのだろう、良い意味で初めて触れる何かに驚きつつも興味を持ってくれたのではないかと私は信じている。


物書きの友人とランチしているときにこんな会話をした。
「捉われてはいけない」ということ。
状況、生活、スタイル、思考、感情、どんなことでもいい、捉われてはだめだ。
私は割りと一直線タイプで、思いついたらすぐに行動してしまう衝動派なのだが、
捉われてしまうことだってもちろんある。
表現というものが開かれたものでないとだめだと思っている。
表現というものは、いろんな想像を巡らせてそのアイデアが広がっていく様を個人だったり団体だったり、その多くの力で開いていくことなのだと思う。
私は明日に向かって日々表現している。
常に人として一歩先にたっていたいという欲望と、だけどいろんなことを受け入れていたいというその情熱に動かされて生きているのだと思う。
だから捉われてはいけない。
これまでの常識にも、これまでの価値観にも、これまでの生き様にも。
私を支えてくれる多くの人々に感謝して、多くの明日を知るために。

2004/03/14

斜陽

気品高い女性の生き様に10代の私はひどく感嘆したのを覚えている。
太宰治の書物の中で私が一番好きなのが「斜陽」である。
このところの記録的な大雪で青森の太宰治の生家で、記念館の「斜陽館」の一部が崩れるというニュースがあった。東北地方には仙台にしか行ったことがなく、岩手の宮沢賢治記念館や、斜陽館には是非いつか足を運んでみたいと思っていたものだ。近頃の気候には振り回されてばかりで人間の無力を感じるばかりである。



電気をつけない部屋の中に入ってくる斜陽。
建物の間から差す斜陽。
雲の影が通り過ぎる瞬間の斜陽。
世界に跨る斜陽。
私はビルの窓に映る斜陽が好きだ。
東京でビルに飲み込まれていてもビルの窓に映る斜陽に癒しを感じる。
家の近くに川が流れていて、川面にビルの窓が映る。その窓の中に映る光が特に好きだ。美しさにみとれて放心する。



部屋を掃除していたら、友人カメラマン平沼久奈嬢より以前頂いた空の写真を見つけ出した。数年前にひどく落ち込んでいるときに久奈嬢が私に送ってくれた空の写真。斜陽ではなく、真っ当な青。
そらのあおが3月の私に重なってきた。

2004/03/01

ゆめのまち大阪

大阪はおもちゃのような街というイメージがある。
熊本で産まれ育ったので、熊本ののんびりしていて、かつ人道的なところは大好きなのだが、保守的なところにはあまり馴染めず、だからだろうか。大阪の思ったことを形にしてしまう強引なところがとにかくすごく好きだ。
だって、片側7車線だし、高速道路の密接間も漫画みたいだし、梅田の駅前のあの大きな白いヘンテコな歩道橋!


クラフトワークの大阪公演に行ってきた。
すばらしかった。感動。号泣。そして疲労。ものすごいライブを見た後はどっと疲れる。
もうすっかり芸術者として(表現者として)熟してきた貫禄があり、でもやっていることが良い意味で変わらなくて、目で、耳で、体で楽しませてくれた。
私も音楽人として私の表現を日々やり通すことの決意新たに。
クラフトワーク万歳。


せっかくなので、1泊だが存分に大阪(というより梅田)を楽しんできた。
梅田の西洋感漂う素敵なホテルに泊まって、梅田を詮索したのだが、
実は大阪で電車に乗ったのは初めてで(いつもは車での移動なので)、梅田という場所に30分以上滞在したのも初めてで、面白いことばかりだった。
まず、冒頭にもあるが、大阪駅と阪急梅田駅の前にあるあのヘンテコな白い歩道橋、あれはなんだ?歩道橋好きの血が騒ぎ、とにかく登ってみた。
登ってみるとまた血が騒ぐ。場所によって趣きもスタイルもぜんぜん違う。だから何度登っても飽きない。この歩道橋を普段使っていらっしゃる大阪の皆様は不思議に思わないのだろうか?歩道橋って楽しー。
高層ビルが立ち並ぶと思えば、高架下には食堂街が軒をならべ、
長い地下道の壁には不思議でリアルな絵画もあり、キヨスクの店員さんは親切だし、阪急梅田駅から蛍池までの先頭車両からみえる景色もまるでネバーランドのようなゆめの時間(天気も良かったしね。)なんとなく大阪という街にのっかって1枚だけ買ってしまったスクラッチくじも当たり!千円!
大阪って楽しいー。
ゆめの街大阪。
次は4月、バナナホールで会いましょう。

2004/02/12

蛇男のダンス

選抜初春ライブツアーも初の自主企画?イベントも無事に終わり、東京からの帰宅後、なんだかおかしいなーと思ったら風邪をひいてしまった。
基本的に健康体なので、風邪をひいてもすぐに治るタイプなのだが、ここ2年くらいの間に期間中一度は必ず風邪で寝込んでいるような気がする。
しかも、ボーカリストに天敵の喉→発熱パターンの風邪ばかりだ。
小さい頃から実は扁桃腺が少し大きくて、気をつけていないと乾燥ですぐに喉をヤラレテしまうのだ。
なので、移動中は完全防備でマスク、水(基本的に特に水が大好き)そしてノンシュガーのど飴は必需品である。
それに手洗いうがいも欠かさない。
なのに、風邪をひいてしまう。体が何かに反応しているのだろう。?
油断大敵、みなさんもくれぐれもドウゾお大事に。


寝込んでいると、変な夢を見る。
忘れられない夢がいくつかあるのだが、そのほとんどが蛇絡みなのである。
小学生の頃、祖父母の家に遊びに行ったときにみた、蛇の夢、2匹の蛇に追われる夢、体に巻きつく夢、
知人は蛇の夢をみた次の日に、宝くじに当たったとか、お店を経営している人は次の日お客さんが沢山来たとか、昔から縁起がいいとされる蛇の夢のご利益の恩恵を受けていらっしゃるようだが、私はさっぱりである。見すぎなのか?


最近話題の芥川賞作品にも蛇モノがあったけれど、(まだ読んでいないので近いうちに読んでみようと思っている。)
昨年みた「星の王子様」のミュージカル映画に出てくる蛇男のダンスが印象的だった。
サンテグジュペリ作の絵本「星の王子様」を限りなく原作に近い感じで再現してあったのだが、
これが、映像も素晴らしく、限りなく絵画的でファンタジック。私の中のベスト5にランクインしてしまうほど好きな映画になってしまった。
王子様を蛇が誘惑するシーンで蛇男がダンスをするのだが、まさにマイケルジャクソン!
ミュージカル映画なので他にもダンスのシーンが度々あるのだが、この蛇男の踊りが本当に蛇で他に例えが思いつかないくらい蛇で楽しくなった。

はやく咳よ静まって!

2004/02/01

ゆきをふらせて

なぜかネルが福岡へ出向く時は雨が多い。
そんな話をメンバーとしたことがある。夏のレコーディングや、ライブなどにしてもとにかく天候は雨という頻度が高すぎる。
梅雨時期の所為だろうと思っていたが、そうでもないらしい。7月のJAJAの帰り道なんてワイパー全快で道が川になっていたし、そういえば、11月も雨が降った。
きっと雨男か雨女がいるに違いない。
メンバー各自、それぞれ個人的に動く時は雨が降らないと言い張る。そうに違いないし、私だってそうだ。雨が降らないとは言わないが、雨ばっかりではない。


昨年、山梨の小渕沢に行く機会があり、スキー場以外で初めて30センチ以上の積雪を経験した。
雪がやわらかいという感覚を身をもって体験し、雪と共に暮らすことの大変さも充分に理解できた。
だが熊本育ちなので、あまり雪に慣れていない。
小学生の頃、授業中に雪が降ると勉強なんてそっちのけで窓をのぞきこんで雪のダンスに心が弾んだものだ。
私にとって雪というものは、美しくて特別で神聖なものなのだ。


先日九州を襲った冬型の寒気の影響で九州全域ものすごい寒さと雪に覆われた日があった。
交通機関は大幅に乱れ、足場も悪く、チェーンを着けて走行する車もある。
熊本もとにかく寒く一瞬雪が舞ったりすることもあったが、積雪までには至らない。
丁度coet cocoeh(高島のソロユニット)のライブが福岡で開催された日で、私は単独福岡へ向かったのだが驚愕した。
一面真っ白なのだ。
福岡は毎年、年に1回積雪するそうだが、路面は凍結しているし、傘や木々に雪がどんどん残っていくし、熊本では味わったことのない状況でとにかくあたふたと戸惑ってしまった。
しかしなんで今日にかぎって雪なんだ?
そういえば、先月も単独で福岡へ向かった際も雪だった。
そういえば、去年の今ごろも予定にしていた福岡行きの日が積雪だった。
こんなに続くはずはない!!

どうやら私は雪女らしい。

ゆきをふらせて世の中が日常の変化を楽しんでくれるのなら、私は雪女で上等だ。

2004/01/05

2004年の始まりに便乗して

あけましておめでとうございます。
先祖に挨拶をして年の順からお屠蘇を飲む、典型的な日本のお正月で2004年が始まった。
今年1年しっかり生きていこうと意向を自らに示し、きっと良い1年になるだろうと大きな流れに身を任せて明日に臨みたいと思っている。

先日のラジオの収録で「今年の抱負」というテーマについて三人で談義を繰り広げたことがある。会話の中で気になって仕方なかったことなのだが、「抱負」という文字をずーっとみていると、こんな疑問が産まれてきた。
言葉の意味そのものが持つニュアンスは前向きな意味合いなのに、何故「負を抱える」と書くのだろう?我が家の角川新国語辞典で調べてみた。

抱負-(自身を持って)心の中にいだいている考え、計画。

なるほど、心の中にいだくというその行為が前向きなニュアンスを感じるから抱負という言葉の意味には前向きなニュアンスを感じるわけだ。だったら別に「考抱」とか「計抱」でも良かったはずなのに、どうして「負」なのだろうか?考えや計画に負けるなというメッセージが込められているのだろうか?
ひらがなはどうなのだろう?私はこう考える。ひらがなの起源はため息にあるのではないかと思う。
例えば「う」
これは人間が胃を押さえ込んでため息をつくニュアンスで表現してあるのではないか?
このカーブの感じなんかはまさに胃を押さえているような佇まい。
「あ」
納得の「あ」である。お習字の時に最後はびゅんと跳ねなさいと先生に教えられたその跳ねる様。
納得して発する声の感じから「あ」がこの文字の形になったのである。
では「ぼ」
「ほ」には体を伸ばしてリラックスする趣が感じられる。そのリラックスした様に上の方にアイデアが浮かんで「ぽ」きっと「ぽ」の方が先に生まれて、「ぼ」はその上の○から力が抜けて物足りないままのてんてんになったのである。


かなり道を脱してしまったが、
「詩のボクシング」という番組がある。
リングにたち赤と青の朗読する詩のどちらが勝っているかを競う番組なのだが、
2回目の谷川俊太郎氏とねじめ正一氏のわざとわざの成すぶつかり合いもすごく面白かったが、
4回目の一般公募戦も非常に面白かった。
世の中の全ての人は詩人だ。
私もあなたも、こっちのあなたも、3階のあなたも。
今年はとにかく書いて書いて。

今年もよろしくお願い申し上げます。