2003/11/12

秋は誘惑

先日ラジオ番組の中でこんな質問をされた。
「誘惑といえば季節はいつですか?」


誘惑の季節は秋である。
理由ですか?色々ある。
マフラーが好きだとか、街を翳る色彩だとか、なんだか人が恋しいだとか、細くなっていく空気だとか、空の青だとか。単純明快なものではないのだろうけれど、こんな些細な積み重ねの「秋」が私を誘惑するのである。
夏は眩しすぎて蒸発してしまうし、春は誘惑というより共存だし、冬は・・・・。
されたいのだろうか、したいのだろうか、しているのだろうか、していないのだろうか。


これだけはされてしまうという誘惑がある。
それは「コーヒー豆」の匂いである。
豆を挽くあの匂いには必ず誘惑されてしまうのだ。
コーヒーはお湯を注ぐ前のあの豆の匂いがたまらない。
秋はコーヒーがとにかくおいしいものだ。
夏の火照った体をコーヒーが癒してくれる。
冬が来る前に心を和らげてくれる。
アルコールがダメな私に唯一与えられた贅沢なのかもしれない。
今回のイメージツアーでも欠かせないものだったように思う。


秋は誘惑。
誘惑はコーヒー。

2003/11/01

idea

例を挙げればキリがないのだが、
生活の中には常にアイデアが存在している。
「夕食に何を食べるのか、明日はどこに行こう、今こんなことを考えている、」
こんな日常の一部でさえも全てアイデアなのである。
アイデアで溢れる日常はとても香ばしくて、少し苦味もあって、そして何より美しい。
私はアイデアで人は輝くと信じている。



日常の中でアイデアは様々に浮かんでくる。
私は、色々浮かぶアイデアを多少タリとも止めないで、
猛進している自分の姿にどかんと重く乗っかっているのが好きだ。
アイデアをイメージするのも好きだ。
何かを創ろうとするときに最初に生まれるアイデアを(初期衝動のようなものです)本当は全部捨ててみようと思ったりすることもある。しかし自分のつくるものには常に忠実でいたいというその信念が強いので、もちろん捨てないし、実はとても愛しいものなのである。
私自身と向き合う深いところと、相手を受け入れる強さや純粋なもの、
その茹で上がったような思想(あえて思想という言葉を使うのですが)を
いつも意識しているような気がする。


毎日やってくる明日に向かって、
自分の中から生まれる(自分の中からしか生まれてこない)
アイデアで毎日を支えながら未来を見据えていく。
こんなことばかり考える25歳の夏は続く。

明日が豊かなものでありますように。


友人に手紙を書くようなスタイルで。